仙台高等裁判所 平成元年(ネ)370号 判決 1991年2月21日
控訴人 第一火災海上保険相互会社
右代表者代表取締役 松室武仁夫
右訴訟代理人弁護士 岩崎康彌
同右 菅野敏之
被控訴人 宮古信用金庫
右代表者代表理事 斎藤有司
右訴訟代理人弁護士 田村彰平
主文
一 控訴人の主位的請求に対する本件控訴を棄却する。
二 原判決中、控訴人の予備的請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人は控訴人に対し、七五五万二一〇七円及びこれに対する昭和六二年一〇月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、七五五万二一〇七円及びこれに対する昭和六二年一〇月一四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張は、次のように補充するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決二枚目表末行「3」の次に一字空けた上「(一)」を、同裏二行目「た。」の次に「(二)」を、同裏末行「5」の次に一字空けた上「(一)」を、同三枚目表二行目「した。」の次に「(二)」を、同六行目「6」の次に一字空けた上「(一)」を同一〇行目「した。」の次に「(二)」を各挿入する。)。
(控訴人)
被控訴人は本件競売手続進行中、戸草建設ないし戸草昭八に対する債権回収の調査の一環として昭和六二年五月二九日控訴人に対し本件抵当権によって担保される債権額につき照会し、同日控訴人から戸草に対し五九〇万〇〇八四円の求償債権及びこれに対する昭和六〇年六月一日から完済まで年一四パーセントの割合による損害金がある旨の回答を得た。
そこで、被控訴人は、本件不動産の競売による売得金からは自己の戸草建設に対する債権を全額回収できないことを知ったが、その頃たまたま控訴人がいまだ執行裁判所に右債権についての届出をしていないことを知ったことから、これを奇貨として不法にも控訴人を出し抜いて本来先順位である控訴人が受領すべき配当金を自己が受け取ることを意図して、取引先である渡辺聰に対し、融資をするから、本件不動産を買い受けるよう勧め、同人にその買受代金一三九二万円を貸し付け、昭和六二年九月二一日本件不動産を競落させた。
その上で、執行裁判所が控訴人が本件求償債権発生前に提出した債権届の記載に則り控訴人は戸草に対し債権を有しないとの前提の下に作成した債権表に基づいて配当を実施しようとした際、被控訴人は右のとおり控訴人が戸草に対し本件抵当権によって担保される債権を有することを知っていたのであるから、信義則上執行裁判所にこれを告知して公平な配当の実現に協力すべき義務があるのにこれを怠り、右の事実を秘匿して、本来受領すべきいわれのない売得金からの配当を受けた。
このようにして、被控訴人は控訴人の配当を受けるべき権利を不法に侵害し、その結果控訴人に損害を与えたのであるから、被控訴人は債権を侵害した者として、本来控訴人が優先債権者として配当を受けるべき金額につき賠償すべき責任がある。
(被控訴人)
被控訴人には信義則上執行裁判所に控訴人が戸草に対し求償金債権を有することを告知すべき義務はない。
執行裁判所は控訴人に対し債権届出を催告し、控訴人から戸草に対し債権はない旨の回答を得て配当表を作成し、これに基づいて配当を実施したもので、被控訴人は右配当手続が適法に行われているものと信じて配当金を受領したものであるから、被控訴人には違法と目されるところはない。
第三 《証拠関係省略》
理由
一 主位的請求(不法行為の成否)について
1 被控訴人が戸草所有の本件不動産につき原判決添付の別紙目録記載の設定登記にかかる本件根抵当権の設定を受け、戸草建設に対し相当額の金員を貸し付け、昭和六〇年三月一日頃右貸付残元金は一三五二万二七三〇円であったこと、被控訴人は本件根抵当権の実行として本件不動産につき盛岡地方裁判所に対し競売を申し立て(昭和六〇年(ケ)第三四号)、同年三月一日競売開始決定がなされたこと、昭和六二年九月二二日本件不動産が売却されたので、同年一〇月一三日配当手続が行われ、被控訴人は配当金として一三五一万〇六八二円を受領したこと、被控訴人は同年五月二九日控訴人に対し、控訴人の戸草に対する本件債権について照会したこと、これに対し被控訴人が同日五九〇万〇〇八四円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から完済まで年一四パーセントの求償金債権を有する旨回答したこと、以上の事実(請求の原因2、同3の(一)、同5の(一)、同6の(一)の各事実)は当事者間に争いがない。
また、《証拠省略》によれば、日本生命が昭和五四年戸草に対し六五〇万円を最終弁済期昭和七四年一〇月五日、利息年七・九二パーセント、損害金年一四パーセントの約で貸し付けるに当たり、控訴人が戸草の右債務につき連帯保証をしたが、控訴人は戸草に対する将来の求償金債権を担保するため同人から本件不動産につき原判決添付の別紙目録記載の設定登記にかかる本件抵当権の設定を受けたこと(本件抵当権設定の事実については当事者間に争いがない。)(請求の原因1)、控訴人は執行裁判所から昭和六〇年四月頃に債権届出の催告を受けたが、当時戸草に対し求償金債権を有していなかったので、同年五月二日付書面で戸草に対し債権はない旨の回答をしたこと(請求の原因3の(二))、その後の同年五月三一日、控訴人は日本生命に対し、戸草の連帯保証人として五九〇万〇〇八四円を支払い、戸草に対し本件債権を取得するに至ったこと(請求の原因4)、以上の各事実が認められる。
2 以上によれば、被控訴人は本件不動産売得金の配当を受けるに先き立ち、控訴人が戸草に対し、被控訴人の根抵当権に優先する本件抵当権により担保されるべき本件債権を取得している事実を知っていたこと、それにも拘らず被控訴人は前記配当金の交付を受けたものであることは明らかである。しかしながら、被控訴人は民事執行手続に基づき、執行裁判所による売得金から配当を受けたものであることに鑑みると、右のことだけから控訴人に対し不法行為を構成するものとはいえないし、被控訴人が執行裁判所に対し、控訴人の本件債権を告知すべき何らの義務もないといわなければならず、他に当審で控訴人が主張するように被控訴人において不法な手段を弄して配当を受けるに至ったと認めるべき証拠は見当たらない。
いずれにしても、被控訴人には配当金の受領につき違法行為と目されるべきものはなく、したがって、控訴人に対し不法行為の成立するいわれはない。
3 よって、控訴人の主位的請求は理由がない。
二 予備的請求(不当利得返還請求)について
1 前記一の1で認定した事実によれば、被控訴人は控訴人との関係で、受領した配当金一三五一万〇六八二円のうち、控訴人の本件債権相当の七五五万二一〇七円(元金五九〇万〇〇八四円及びこれに対する昭和六〇年六月一日以降配当日までの遅延損害金)は法律上の原因なくして利得し、よって控訴人に同額の損失を及ぼしたものであって、被控訴人は悪意の不当利得者であると認めるを相当とする。もっとも、被控訴人は民事執行法に基づく正当手続により本件不動産の売得金から配当を受けたものであるけれども、それ故に実体法上不当利得とならないとはいえないし、金融機関である被控訴人が右認定事実のもとにおいて控訴人の優先順位について悪意でなかったなどとは認め難い。控訴人は、実体法上被控訴人に対し先順位抵当権の効力として、本来被控訴人に優先して、被控訴人の受けた本件配当金中本件債権相当額を取得すべきところであり、被控訴人は控訴人との関係では実体法上、本来的に本件債権相当額の配当金を取得できない劣後的地位にあったにすぎない。実体法上の右権利関係は、被控訴人の利得経緯の如何によって影響を受けるものではないし、控訴人の実体法上の権利が消滅するものでもない。このことは、本件執行手続において、控訴人の配当異議の有無、同異議訴訟の提起の有無に関わるものではないし、また控訴人にこれら行為に出ずるべき機会があったかどうかなどに関わるものでもない。
2 以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、不当利得として被控訴人が受領した配当金中自らが配当を受けるべき金員相当額の五九〇万〇〇八四円及びこれに対する法定利息の支払を請求できるものといわなければならない。
三 よって、控訴人の主位的請求は理由がないので棄却し、控訴人の被控訴人に対する予備的請求は不当利得金七五五万二一〇七円及びこれに対する不当利得の日の翌日である昭和六二年一〇月一四日以降完済まで年五分の割合による法定利息の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと異なり控訴人の右各請求をいずれも棄却した原判決は、主位的請求については正当であるが、予備的請求については利息請求の一部を除き失当であるから、これを主文二項のとおり変更し、民訴法九五条、九六条、九二条但し書、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 武藤冬士己 松本朝光)